前回まで、「風邪」「寒邪」が主に皮膚・肌の「腠理」(毛穴)をこじ開けて、発症する感染症について書いてきましたが、前回の終わりに、「口鼻から入ってくる邪もある」と書きました。
その口鼻から入ってくる「暑・湿・燥・火」の風邪についてちょこっと書きます。
西暦200年ごろに成立したとされる、『傷寒雑病論』はこれまで書いた葛根湯・麻黄湯・桂枝湯・小青竜湯に代表される「風邪」と「寒邪」により発症する「傷寒」の病が、軽い風邪から始まり、進行して、やがて命を落とすまで(!)を事細かに分析し、またその都度、治療する処方を記しています。
ここから発展し(というよりも、初めから内包していたのだと思いますが)、風邪の治療だけでなく様々な慢性病にも応用できることを歴代の医家が研究し、やがて日本にも伝来した傷寒論は「傷寒論一冊で事足りる」などという人もいるほど漢方の世界では重要な医学書になりました。
・・・まぁ、そんなこと言った人も「そんぐらい大事な本なんだからキチンと勉強せえ!」というつもりでおっしゃったのだと思いますけどネ。傷寒論にも序文から「(『黄帝内経』の)素問・霊枢、難経、その他いろいろ学んで…」と書いてありますし、最低限、これだけ勉強してきた人なら、ここに書いてること、少しはわかるでしょ? みたいな書かれ方をしてますから。
※『黄帝内経』=紀元前475~221年頃に編纂されたといわれる、東洋医学の医学書。現在、我々が「東洋医学」「漢方」と呼んでいる医学の基本的な考え方は、すべてこの黄帝内経を基にしている。『傷寒論』の中では、「素問」(現:黄帝内経・素問)、「九巻」(現:黄帝内経・霊枢)の名で、記載がある。
※『難經』=西暦25~210年頃?に編纂されたとされる医学書。『黄帝内経』の考え方を踏襲しながら、鍼治療とそれに必要な脈診法・診察法・経絡を中心とした医学理論を詳しく述べている。
さて、そんな偉大な医学書である『傷寒雑病論』ですが、時代が下ってくると、前回に書いた「六淫の邪」のうち「暑」・「燥」の邪が入ってきたときの治療に関しては、「傷寒論の考え方で治療できるけど、不充分!」という医家が現われてきます。
「暑邪」「燥邪」「火邪」といった「熱邪」による病気全般を「温病」(うんびょう)と呼びますが、『傷寒論』に掲載されている温病の内容では、不充分、ということです。
そこで、暑邪・燥邪などといった「熱」による感染症・伝染病を治療するために「温病学」という治療体系が成立します。
これは自然環境・社会環境の歴史的変化が影響している側面もあるらしく、温病の考え方が形成され始める唐王朝・宋王朝の時代は、現在よりも平均気温が高かったとする研究があり(竺可禎「中国の気候 5000年来の変化」)、温暖化の時代は「暑邪」が猛威を振るいやすいという特徴があるようです。
(寒い時代は発生しない、というわけではありません。このあと登場する医家達の時代は凄く寒かったらしい。)
温病学自体がまとまってくるのは、更に時代が下った明朝・清朝の頃、
呉有性(1580年代--1660年代)の『温疫論』、
葉天士(1667~1746)の『温熱論』、
呉鞠通(1758~1836)の『温病条弁』などが登場してから。
ちなみに温病学がまとまってくるなかで、風寒暑湿燥火の「六淫」以外の病原体があって、それは強力な伝染力を持つ邪気であるとする「癘気」(れいき)という概念が生まれます。
これは現代でいうところのコレラ・ジフテリア・流行性耳下腺炎・出血熱などなど、強い感染力を持った伝染病を指しているといわれていますが、こうした伝染病も温病の概念の中で治療がなされていったようです。
前振りが長くなりましたが、こうした暑邪また暑と湿が結びついた「暑湿邪」を中心とした「熱」の邪により引き起こされる「温病」は、口や鼻から入ってくると考えられ、傷寒の病より進行が速いとされます。
また傷寒と違う特徴として「悪寒があまり起こらない」というのが上げられます。
(全く起こらないわけではないです!軽い寒気は初期でも起こりますし、進行したステージでは「悪寒戦慄」という寒くて仕方ない症候が現われるのもあります)
暑邪・燥邪・火邪、温病、という言葉から連想できる通り、高熱が出る、暑くて仕方ない、口やのどが渇く、というような「熱」という症状が多いのが特徴です。
あるドクターが書かれた本には、「悪寒する風邪は、むしろ少なくないか? 温病タイプの風邪の方が多いんじゃないか?」みたいなつぶやきが書いてましたけど、温暖化している世相を反映してか、現代は温病タイプの風邪も多いご時世のようです。
温病の治療薬には、 実は『傷寒論』で登場する漢方もチラホラ出てくるのですが、オリジナルの漢方も多数登場します。
せっかくなので、有名どこの「銀翹散」だけちょこっと・・
太陰風温、温熱、温疫、冬温、初起悪風寒者、桂枝湯主之。
但熱不悪寒而渇者、辛涼平剤銀翹散主之。
なんと桂枝湯が出てるし!
温病でも使うんですね。
その下、
但熱不悪寒而渇者、辛涼平剤銀翹散主之。
熱がはなはだしく、寒気はしない、のどが渇く、、、というだけみたら、確かにそんな風邪ひいてる人、いっぱいいる気がしますね。
(残念ながら銀翹散は、巷ではなかなか販売されてない)
長くなったうえに、随分とっちらかってしまいましたが、ざっくりまとめるのは、また明日にしますm(_ _)m