前回は小柴胡湯は、「足の少陽胆径」と、その表裏関係にある「足の厥陰肝経」の流れをよくするので、結果的に「肝」の病を治す、そしてその「肝」を患う人は実に多いと書きました。
(注意:西洋医学でいうところの肝臓(Liver)とイコールではない。腎臓(Kidney)・脾臓(Spleen)・肺(Lung)など他臓器もしかり。これは本当に勘違いしやすいのでご注意。)
ついでにちょこっと追記すると、「肝」の臓を患う圧倒的な原因は「過労」と「ストレス」。
それだけでも「そりゃ多いわな」と思いますよね。
「肝」の病理については、また別に詳しく書くとして、今回はおなじ「少陽」の名を冠する「手の少陽三焦経」について。
小柴胡湯とは、ここから書いていく「三焦」の流れも良くする方剤らしい、という前提で見ていきましょう。
本題の臓腑経絡である「手の少陽三焦経」ですが、ここまでの流れからすると「三焦」(サンショウ)という臓器があって、それを司る経絡なんだろうと察しはつくと思います。
で、「三焦」って何?
・・・学生時分におんなじ問いかけを、西洋医学を教えて下さったドクターから投げかけられたのを思い出します(笑)
そう、「三焦」という臓器は、西洋医学にはありません。
東洋医学においては、「五臓六腑」の「六腑」の一つに数えられ、実は非常に重要なもので、私ごときがおいそれと語れるようなものじゃないのですが、とりあえず「狭い意味での三焦」だけに限定して書いていきます。
まず古典から書いてみましょう。三焦について書かれているのは、『黄帝内経・素問』六節蔵象論(09)、
脾胃大腸小腸三焦膀胱者、倉廩之本、營之居也。名曰器。能化糟粕、轉味而入出者也。
脾・脾・大腸・小腸・三焦・膀胱なる者、倉廩の本、營の居なり。名づけて器という。よく糟粕を化し、味を轉じて入出するものなり。
他の臓腑も混じってますが、倉廩=穀物の倉、糟粕=食べ物のカス、と考えときましょう。
ヒトは食料から栄養を得て生きていますが、食べ物を消化して、必要なエッセンスを取り出していると思ってください。
取り出したエッセンスが「気」です。身体を動かすエネルギーとしておきましょう。
続いて、同じく『黄帝内経・素問』霊蘭秘典論(08)から、
三焦者、決瀆之官、水道出焉。
三焦なる者は、決瀆の官、水道これより出づ。
三焦とは、古代中国でいうところの灌漑用水を管理する役人のようなものだ、と言っています。
しかもその振る舞いについて、同じく『黄帝内経・素問』五蔵別論(11)では、
夫胃、大腸、小腸、三焦、膀胱・・・其気象天。故寫而不藏。此受五藏濁気。名曰傳化之府。此不能久留、輸寫者也。
それ胃大腸小腸三焦膀胱なる者…その気は天に象る(かたどる)。故に寫して藏せず。これ五臓の濁を受ける。名づけて傳化の府という。これ久しく留めること能わず輸寫するものなり。
濁とは、飲食物のことと思ってください。これを受け止めはするが、長く留めたりはしない、輸寫…必要なものを取り出したらさっさと大小便や汗にして捨ててしまうということです。
ちなみに汗にして出せるのは、同じく『黄帝内経』の”霊枢”から、
三焦膀胱者、腠理毫毛其応。(『霊枢』本蔵(47))
三焦・膀胱は、腠理・毫毛(毛穴と体毛=*転じて現代でいう汗腺を指すらしい)、その応なり。
三焦は汗の出口(=玄府と言います)の管理もしているから、だそう。
(発汗の作用自体は、「肺」が行います)
ここまでのことをザックリまとめると、三焦とは「食物から得られた栄養をエネルギー化したもの=”気” と 水の通り道」であり、しかも「通る気や水を調節したり、”熱”を加えたりして、全身に行き届かせる広~い器官」です。
西洋医学におけるリンパ系のイメージに近いかもしれませんが、それと「イコール」では決してありません。
(重なるところはあるのかもしれませんけどね)
さて、小柴胡湯の作用に戻りますけど、小柴胡湯が適応となる「少陽病」とは、
「少陽胆径」と「少陽三焦経」の臓腑経絡の流れが悪くなっている状態、です。
当然、「三焦」の働きも阻害されてしまうので、「気」と「水」の動きも悪くなります。
つまりエネルギーや水が停滞します。
小柴胡湯が適応となる風邪の特徴的所見は、
寒熱往來 (熱い感じと、さむけが交代でくる)
胸脇苦満 (脇のあばらの辺りが苦しい)
口苦 (口が苦い)
咽乾 (のどが渇く)
目眩 (めまい)
…ではあるのですが、「少陽胆径」と、その表裏関係にある「厥陰肝経」を巡らせるという性質上、様々な病状に使われてきた歴史があります。
「厥陰肝経」の気の巡りが停滞する状態を「肝鬱気滞証」というのですが、鍼灸の臨床でも、実に多くいらっしゃいます。
そこから「水」の病気を起こす方というのも実に多いです。
東洋医学の世界では、「血」や「水」といった「有形の生理物質」を動かすのも「気」なので、単純に「気の停滞」によって、そのまま「水の停滞」が起こり、例えば浮腫みを起こしたり、痰が絡んで喘息みたいになったりもします。
しかし、肝鬱気滞証から「少陽三焦」の停滞が起こり、浮腫みに代表される「水の停滞」を起こしている方も、案外多いのかもしれません。
江戸末期の医家、森立之先生の著書「傷寒論攷注」には、
…凡邪在腸胃外三焦水血之道路者、邪皆是小柴胡湯之所主也、呉有可所云募原之邪、宜用小柴胡湯…
およそ邪が腸胃外の三焦水血の道路に在る者、邪皆是小柴胡湯の主る所也、呉有可の云う所の募原の邪、小柴胡湯を用いるに宜し…
という記載もあり、小柴胡湯がカバーするエリアには「少陽三焦」も含まれているようです。
(この江戸末期の医家、森立之先生、実はすんごい御方です。また別の機会に書きましょう。)
当然、鍼灸で治そうと思ったら、同じ「肝鬱気滞証」だったとしても、治療の仕方が変わると思います。
あと、小柴胡湯で起こった事故について書こうと思ったけど、三焦の話だけでべらぼうに長くなっちゃったんで、次回書きます。
まとめるって大変だ(゜o゜)
(参考図書)
臓腑経絡学 藤本蓮風
中国傷寒論解説 劉渡舟
現代語訳 黄帝内経素問・霊枢 東洋学術出版社
中医臨床のための方剤学 東洋学術出版社
詳解中医基礎理論 東洋学術出版社
傷寒論攷注 森立之
*傷寒論攷注の原文・書き下し文は、三好史郎先生のHPにて公開されているものを拝借いたしました。
http://shoukanronkouchu.com/index.html
大変素晴らしいお仕事です。この場をお借りして御礼申し上げます。