今回は主役(?)の桂枝&茯苓の話。
桂枝(ケイシ)の名を冠する「桂枝湯」について、去年のブログでもちょこっと書きました。
汗がじんわり出て、少しすきま風に当るとブルブル寒気(悪風といいます)が起こるタイプの初期風邪に使われる方剤でした。
『神農本草経』では、桂枝とは、
味辛温。生山谷。
治上気咳逆、結気、喉痺吐吸。
利関節、補中益気。久服通神、軽身不老。
とされていましたね。
前回の牡丹の話では、桂枝も牡丹皮も「行瘀」(停滞している瘀血を動かす)に働くが、桂枝は「辛温」・牡丹皮は「辛寒」の違いがある、という話がありました。
味辛温
とあるように、桂枝の温めて、しかも巡らせる(辛い物は「発散」に働く)という、強い作用によって瘀血を下すのを助けるという意図は当然あるようで、多紀元簡(1754‐1810)先生によると「桂枝は之を血脉を通じ、瘀血を消すに取る」のだそう。
おまけに桂枝茯苓丸が下そうとしている「癥病」の「癥」は、陰陽で性質を分けると「陰」の性質なので「辛温」よろしく「陽気」を帯びた桂枝は、これを壊すのに活躍するんだそうです(『金匱要略入門』森田幸門)。
「癥病」とは「癥瘕」という、いうなれば腫物なのだけど、痛みが固定して一定なのが「癥」、一定しないのが「瘕」と①で書きましたね。
”婦人宿有癥病…”(婦人もとより癥病有り…)とあるように、固定化したものの方が古く動きにくい、つまり相対的に「陰」ということです。
さて一方で、治上気咳逆、 という所も大事。
桂枝茯苓丸の条文をもう一度みてみましょう。
“婦人宿有癥病。
経断末及三月、而得漏下不止、胎動在臍上者、為癥痼害妊娠。
六月動者、前三月経水利時、胎也。
下血者、後断三月衃也。
所以血不止者、其癥不去故也。当下其癥、桂枝茯苓丸主之。“
桂枝茯苓丸が著効するご婦人は、もともと癥病(=しこり=瘀血)があるご婦人で、妊娠して三月も経たないのに出血が止まらない…。
そして瘀血の話ばかりで忘れそうですが、 この三月足らずの時に、
”胎動在臍上者” ~胎動きて臍上に在る者は~
=おヘソの上で胎動のようなものを感じる、とあります。
(「臍下」の書き間違えだろう、という歴代医家の注釈が多いのですが。。。)
この胎動と間違えるものって何・・・??
…ここで東洋医学の基礎「気」と「血」の話をサワリだけ。
※前にも書きましたが、「血(けつ)」と「Blood(血液)」は、一般的な血(ち)を指しますが、とらえ方が違います。
東洋医学の世界で、生体を「運営する」最も基本的な存在は「気」です。
桂枝茯苓丸が何とかしようとしているのは「血(けつ)」ですが、この血は単独では全身を回ってくれません。
全身をめぐる「気」の作用の一つ「推動作用」によって全身を回り、
同時に「気」の「固摂作用」によって脈や肌肉・筋骨から「血」が漏れ出ないように統括されています。
要するに「血」単独では、全身を回れず用を為せないのです。
この血と気の関係を「気は血の″帥”(すい)」と表現し、血は気によって統帥されて初めて規律正しく運行していると考えられています。
[※『本草綱目』巻五十二「人血」″気主煦之、血主濡之。血体属水、以火爲用、故曰気者血之帥也。” 李時珍(1518-1593)著]
ちなみに、こうした血の統制を「統血」というのですが、主に統血の役割を臓腑で担っているのが「脾」。
(西洋医学でいう脾臓(Spleen)ではありません、念のため)
「血」がらみの問題は大なり小なり「脾」が関与するのですが、今回の主役、茯苓がこの「脾」と絡んできます。
さて、
桂枝茯苓丸の条文で、ご婦人が「漏下して止ま」ないでいる「血」もまた、本来なら「気」と一緒になって全身をめぐっているのが正常です。
漏れ出てしまったら、一緒に全身を回ってお仕事をしていた「気」だけが「ぼっち」になります。
「血」は本来、「気」に対して物質的存在であり、「陰」の存在なので「重たい」です。
対して「気」は、そもそも物質ではなくエネルギーのような存在です。
つまり「軽い」。
重たい「血」と一緒に居た「気」は、「血」が流血してしまうことで、フワーッと浮き上がってしまいます。
これが「胎動」のように感じさせているもの。
つまり動悸のようなものでしょうか。
この動悸を沈めてくれるのが、桂枝と茯苓のペア。
桂枝・伏苓が主役の方剤に「苓桂朮甘湯」という方剤がありますが、こちらの条文もみてみましょう。
”心下有痰飲、胸脇支滿、目眩、苓桂朮甘湯主之。”
ー心下痰飲有り、胸脇支滿し、目眩するは、苓桂朮甘湯之を主る。ー(『金匱要略』痰飲咳嗽病脈証弁治第十二)
さらに茯苓について、『神農本草経』では、
伏苓、一名伏菟。味甘平。生山谷。
治胸脇逆気、憂恚驚邪恐悸、心下結痛、寒熱煩満咳逆。
止口焦舌乾、利小便、久服安魂魄。養神不飢延年。
と、ここでも 胸の辺りに何か突き上げてくるものを治す、としています。
ここでは桂枝とペアになって胸周辺の落ち着かない感じを治してくれるのに働いていると考えましょう。
苓桂朮甘湯を引き合いに出して、湯本求真先生(1876-1941。④で少し書きました日本漢方界の大先輩、大塚敬節先生…の師匠に当る大先輩です m(_ _)m)は、著書『皇漢醫學』の中で、
「桂枝、茯苓アルヲ以テ苓桂朮甘湯証ニ於ケルガ如ク上衝、眩暈、心下悸ヲ発スルコトナキニアラザレドモ・・・胃内停水ヲ来タスコトナシ」と、 記されています。
※上衝:上に突き上げるような感覚を言います。
また『類聚方廣義』(尾台榕堂1799‐1870著)でも、桂枝茯苓丸について、
”経水変有ルヲ治ス。或ハ胎動。拘攣上衝。心下悸者。・・・”(※経水=月経、経血のこと)
と、第一義は「治経水有變」と血の問題であることは絶対に外しませんが、序文から動悸について記しています。
茯苓は前述のように、もう一つ「水」と「脾」の問題も射程に入れて加えられているようなのですが、長くなってしまいましたから、次回につづきます。
(参考文献)
金匱要略解説(東洋学術出版社)
中国基本中成薬(人民衛生出版社)
金匱要略講話・金匱要略の研究(大塚敬節)
金匱要略入門(森田幸門)
皇漢醫學(湯本求真)
漢方処方解説(矢数道明)
類聚方廣義(尾台榕堂)