気がつけば更新が遅くなってしまいましたが、前回のつづき。
ちょいとおさらいも含めながら…。
まず桂枝茯苓丸の条文。
“婦人宿有癥病。
経断末及三月、
而得漏下不止、胎動在臍上者、為癥痼害妊娠。
六月動者、前三月経水利時、胎也。
下血者、後断三月衃也。
所以血不止者、其癥不去故也。
当下其癥、桂枝茯苓丸主之。“(『金匱要略』)
このうち 胎動在臍上者 という部分について
血が 漏下して止ま なくなり、血と巡っていた氣が上へ昇ってしまい
胎動きて臍上に在る
状態になってしまうのだけど、これを何とかしてくれるのが桂枝と茯苓のペア、という話しでしたね。
改めて桂枝と茯苓について『神農本草経』の条文から見てみましょう。
牡桂(桂枝のこと)。
味辛温。生山谷。
治上気咳逆、結気、喉痺吐吸。
利関節、補中益気。久服通神、軽身不老。
上氣咳逆を治す、という文言があり、歴代の医家も「上に突き上げてくるものを治す」ということをしばしば言われている、という話しが前回でした。
更に茯苓です。
伏苓、一名伏菟。
味甘平。生山谷。
治胸脇逆気、憂恚驚邪恐悸、心下結痛、寒熱煩満咳逆。
止口焦舌乾、利小便、久服安魂魄。養神不飢延年。
牡桂(桂枝)について浅田宗伯(1815-1894)先生は
「桂枝は味辛温、よく上行して気血を発泄透達す。故に肌表の邪気を発解するなり。」
また茯苓については
「茯苓は味甘平、能く気を導き水を行らす。」(『古方薬議』)
と語られています。
・・・ちょっと、この茯苓の味甘平 について、少し補足します。
茯苓の五味は「甘」なのですが、厳密には「淡」といって、「滲湿利水」の作用を持ちます。
(…(張)元素曰:性温、味甘而淡、気味倶薄、浮而升、陽也。…(『本草綱目』李時珍(1518-1593))
じゃあ*五味じゃなくて六味だろう、って言われそうですが、「淡味は甘味に附す」というのが定説なので、ここでは甘味の仲間、としておきましょう。
で、「滲湿利水」て何?
この「淡味」が「滲湿」するというのを言われだしたのは、『黄帝内経・素問』の「至真要大論(74)」がはしりのようです。
…辛甘発散爲陽。酸苦涌泄爲陰。鹹味涌泄爲陰。淡味滲泄爲陽。…
(辛い甘いは発散し陽となす。酸っぱい苦いは涌泄し陰となす。しょっぱい味は涌泄し陰となす。淡い味は滲泄し陽となす。)
とあります。
諸橋漸次先生監修の『大漢和辞典』で「滲」を引くと、“濾す”、″しみこむ”、″にじむ”、″したたる”といった意味が出てきますが、同書の中で、上述の「至真要大論」から引用して「滲泄」についての記載もありました。
“しみでるもの。漏れ出るもの。小便をいふ。” …だそうです。
一方、明代の張景岳(1563-1640)先生の注釈だと「滲泄」とは、
「小便が漏れ出たり、体孔から体液がにじみ出やすくすること」
ということですから、オシッコにして出すだけではないのでしょう。
(ちなみに「涌泄」の方は「泉のように涌くこと」で、涌=吐出(吐き出すこと)、泄=瀉下(つまり大便)という意味。)
そして「…辛甘発散爲陽。…淡味滲泄爲陽。…」とあります通り、辛味・甘味・淡味は「陽」の作用をする、とあります。
陽の作用でしみださせる、ということなのですが、病的にたまった水を最終的に外に出すことを「滲泄」と呼んでいるのだと思います。
先輩に伺った話だと「余分な水を血脉に戻すはたらき」をするのだそうです。
ここでまた、桂枝と茯苓に戻ります。
牡桂(桂枝)。味辛温。
そして
伏苓…味甘平。
です。
特に体表を温めて気血を巡らせる作用が強い:味辛温 の「桂枝」と、
同じく「陽」の作用でもって余分な水を捌く:味甘平 の「茯苓」。
この二つが組むことで、特に体の外側に陽気を集めて余分な水を捌き、
結果として気を降ろす(前半でいってた 胎動在臍上者 を治す)…というのが桂枝・茯苓がペアになった時の作用です。
こうした桂枝・茯苓が主役となる方剤を「苓桂剤」と呼ぶのだそう。
そこへ、牡丹・桃仁・赤芍という「駆瘀血」の薬が追加されたのが、桂枝茯苓丸ということです。
私の勝手なイメージですが、桂枝は身体の表面(表・裏という概念でいうところの「表」)に作用する生薬ですから、深いところにある瘀血を下すにしても、表面の水路をグルグル回しながら、じっくり瘀血を削っていくようなイメージでしょうか。
いきなり血を抉り出すような方意ではないので、妊娠中の出血が瘀血によるものであった場合にも、使って大丈夫、ということなのでしょう。
ただし、安心して使えるといっても、瘀血を下す薬というのは基本、妊婦さんには「禁忌」です。
(胎児は漢方の世界では「血の塊」として認識します。駆瘀血薬をうっかり入れ過ぎたら…わかりますよね)
「應厳格掌握剤量、慎勿多服。…」(『中国基本中成薬』)ということですので、自己判断で漢方薬を飲むようなことはせず、漢方専門の医師・薬剤師さんに必ず指示を仰ぐようにしましょう。
我々、鍼灸師が漢方を学んでいるのは、漢方の病に対する認識と治療の考え方が、鍼灸を扱う上でも非常に勉強になるから学んでいるのであって、自分らで薬を処方するためではありません(てか、やっちゃダメ!!!)
次回に残った芍藥(赤芍)について書いて、桂枝茯苓丸についてはひとまず区切りとすることにします。
(参考文献)
『現代語訳 黄帝内経素問』(東洋学術出版社)
『神農本草経解説』(森由雄先生)
『中国基本中成薬』(人民衛生出版社)
『中医臨床のための方剤学』(神戸中医学研究会)
『中医臨床のための中薬学』(神戸中医学研究会)