前回の桂枝茯苓丸と並んで、現代でも主に婦人科で、しばしばお見掛けする漢方らしいです。
「当帰芍薬散」
出典は桂枝茯苓丸と同じく『金匱要略』婦人妊娠病脈証弁治第二十。
曰く、
婦人懐娠、腹中㽲痛、当帰芍薬散主之。
~婦人懐娠(カイシン)、腹中㽲痛(キュウツウ)するは、当帰芍薬散、之(これ)を主(つかさど)る。~
…うん、これだけじゃなんのこっちゃですので
例によって歴代医家の見解を伺ってみましょう。
…が、その前に、見慣れない漢字が出てきました。
「㽲(キュウ)」
いつも頼っている諸橋漸次先生監修『大漢和辞典』を引いてみたら、
「やむ。」「やまひ。」の意だそう。
おいおい・・・と思ったら、これは俗字で、
正しくは「㽱」(カウ=こう、ケウ=きょう、キュウ、クなどと読むらしい)
なんだって。
さらに別の俗字には「疒+交」で「コウ」と読む字もあるらしい。
絞痛(こうつう)という「絞られるような痛み」と表現される痛みがありますが、どうもそれの系列っぽい。
何任先生著『金匱要略解説』では、
″「㽲」の音は「絞」に同じ。腹中が拘急し、ジワジワと痛むものをいう”
とありますし、
清代の※尤在涇(ユウ・ザイケイ)先生著『金匱要略心典』の中でも、
“『説文』“㽲”音「絞」、腹中急痛也…”
とありますし、
本邦の名医・浅田宗伯(1815-1894)先生と多紀元堅(1795-1857)先生も
「『説文』には㽱ありて㽲なく…㽱は腹中急」
と、やっぱり似たようなことを書かれているので、
多分そういうことなんでしょう。
※尤在涇:尤怡(ユウ・イ)。1650-1749。在涇は字。『医門法律』で知られる喩嘉言先生の孫弟子にあたる御方だそうです。
『金匱要略心典』は尤先生の代表著作。
それで、はい。
「㽱」。
意味は
「はらいたみ。腹の厳しい痛み。」
という意味で、
上記の先生方も引用されてる『説文解字』(後漢・許慎の著。最古の“字典”)によると、
「腹中急痛也・・・。」
…なんとなく、スゴく痛そうですが、
大塚敬節先生によると
「㽲痛というのは急に痛いということで、ひきつれるように、引っ張らるように痛い」(『金匱要略講話』)
ということだそう。
荒木性次先生は、さらに具体的で、
「㽲痛は張ってきて洩れ所が無くて痛むこと、例えば大便を催してきた時に我慢をして居ると下腹が張り裂かれる様に痛んで来る、ああいった痛み具合をいふ」(『方術説話』)
と踏み込んで書かれています。
これだけ見ると、妊娠中の腹痛、それも結構キツイ腹痛ということか?
となってしまいますが、何任先生も上著中で解説される通り、実際にこれだけで妊娠中の腹痛を全部治すってのはムリ。
そりゃそうだ。
妊娠中にドきつい腹痛が来たら、シャレにならない異変もありうるから、現代はまず産科の先生に診てもらうと安心。
念のため。
それでなんも見つからない、打つ手も特にない…ってなったら東洋医学を選択枝の一つに揃えてはいかがでしょう。
一方で、この当帰芍薬散。
のちのち書いていきますが、古くから幅広い病証に応用されてきた方剤です。
妊娠中の腹痛以外にも、それこそ老若男女問わず応用されてきたようです。
方剤を調べていくと、なるほど、と思うので、歴代の先生のご意見も伺いながら書いていきましょう。
当帰芍薬散の構成は、
当帰(トウキ)
白芍(ビャクシャク)※原典では「芍藥」
茯苓(ブクリョウ)
白朮(ビャクジュツ)
沢瀉(タクシャ)
川芎(センキュウ)
以上、六味。
まず基本的な考え方を見ておきましょう。
現代中医学では、
当帰=補血柔肝(血を補うことで、“肝血不足”を治療すること)
白芍=上に同じ
茯苓=運脾除湿・健脾
白朮=健脾
沢瀉=運脾除湿
川芎=活血・疏肝理気
…とされて、一言でまとめるなら
肝血を補うことで肝気の暴走を抑え
脾の湿邪を除くことで脾気を整え
肝と脾の正しく協調させる
という、現代中医学でいうところの「肝脾不調(不和)」証を治す方剤、ということ。
身近なところで「肝脾不和」の例を持ってくると、
イライラ&心配事ばっかり続くと、お腹が痛くなってきますね。
酷いと下痢しますね。
例えばアレです。
(そういうのは全部ってわけじゃないけど)
もちろんこれだけじゃ分かりにく過ぎますので、
「肝」とか「脾」とかも併せて、細かく勉強していきましょう。
続きます。