べらぼうに更新が遅れてしまいました…。
実は公私共にますます忙しくなってしまいまして(;'∀')
当帰芍薬散については、今回を一区切りにしたいと思います。
当帰芍薬散を構成するのは、
当帰(トウキ)
白芍(ビャクシャク)※原典では「芍藥」
茯苓(ブクリョウ)
白朮(ビャクジュツ)※原典では「朮」
沢瀉(タクシャ)
川芎(センキュウ)
この内、
当帰・白芍・川芎について、
当帰と白芍で「肝血」を補い、結果として暴走しやすい「肝」の陽気を抑える。
ただ補うだけでなく、川芎によって、 肝血を補いしかも滞らせない働きをする、
というとこでお話を終わっていました。
今回は
伏苓・澤瀉・白朮
桂枝伏苓丸のお話しにも出てきました茯苓(ブクリョウ)。
「滲湿利水」し
「茯苓は味甘平、能く気を導き水を行らす」(『古方薬議』)んでしたね。
澤瀉(タクシャ)は『神農本草経』では
「味甘寒、生池澤。
治風寒湿痹乳難。
消水、養五臓、益氣力、肥健。
久服耳目聡明、不飢延年軽身、面生光、能行水上。」
・・・と、やはり「水」を動かすらしいことを書いています。
吉益東洞先生の「藥徴」でも
「小便不利を主治す。故に支飲・冒眩を治し、吐・渇・涎沫を兼治す。」
とありますが、「支飲」というのは「飲(余分な水)が支(つか)える」ということで、
みぞおちの辺りに水が支えているような状態を治すということ。
当帰芍薬散の使われ方のひとつに、
「子嗽なる者は、胎気成長し、水心下に停るに因って咳を為すなり。当帰芍薬散に宜し」(『先哲医話』浅田宗伯)
という使われ方もされていたそうですから、この辺、澤瀉が絡んできそうですね。
(子嗽っていうのは、妊娠中に起こる喘息みたいなセキのこと)
白朮(びゃくじゅつ)も、やはり『藥徴』の中で、
「利水を主る故に小便不利、自利、浮腫、支飲冒眩、失精下痢を治し、沈重疼痛、骨節疼痛、呕渇、喜唾を兼治す。」
とありますから、同じく水を動かすわけですが、
白朮の作用というのが、「補中」といって「脾」の陽気を高めて結果として水を捌くんだって。
日本のエキス剤では「蒼朮(そうじゅつ)」を使っていることが多いらしいです。
現代に入ってからなのかな~と思ってましたが、江戸期の医師:稲葉文礼(?--1805)先生の「腹証奇覧」では、ちゃんと「唐蒼朮」と丁寧に書かれていました。
「蒼朮」は、燥湿健脾、まず余分な水を乾かして結果として「脾」を元気づける、というように、白朮と作用機序が違います。
『神農本草経』では、「朮」としか記載がなく、白・蒼の区別はされていないのですが、
「味苦温、生山谷。
治風寒濕痹死肌、痙、疽。
止汗除熱、消食。作煎餌。
久服軽身延年不飢。」
とあり、
蒼朮は「味苦温」、白朮は「味甘温・苦」らしいので(*『中医臨床のための中薬学』)
厳密には蒼朮のことを指しているのかもしれませんね。
(蒼・白の区別を初めてしたのは明代・李時珍先生の『本草綱目』が最初とされます)
鍼灸で「当帰芍薬散の証っぽいな…」という患者さんが来た時に、
蒼朮のように作用させるか、白朮のように作用させるか・・・
そんなこと考えながらツボを選ぶと、効き方が違ってきそうです。
「当帰芍薬散を飲んで調子が良かったよ(悪かったよ)」と患者さんが教えてくれたら、
ぜひとも組成表を見せて欲しいです(笑)
さて、いずれにしても当帰芍薬散は、
当帰・白芍・川芎:で、血を補いながら肝の陽気を治める。
伏苓・澤瀉・白朮:で、脾を(結果として)高めながら、水を捌く。
大きく分けてこの二つの作用が大事のようです。
『勿誤薬室「方函」「口訣」』(浅田宗伯著)の中で、「和血ニ利水ヲ兼ネタル方」と綺麗にまとめて記されていますが、
肝血不足で肝陽が昂ぶって、脾が弱って水はけがよろしくなくなっている、という方なんて、高温多湿の日本なら結構な数いらっしゃると思います。
それだけに、古くからいろんな病気に応用されてきているので、現代でも全く違った病気なのに当帰芍薬散を出された、ということに出くわすことも多そうです。
日本漢方を偉人・吉益東洞先生の御子息、吉益南涯(1750--1813)先生が記された『続建殊録』に、腹痛に苦しんで鍼でも薬でもなんでも試したが、まるで効き目がなく、方々の医者を7年も訪ね歩いたという患者を、この薬を使い、3日で治したという逸話が載っているんだそう。
(有名な逸話なんでしょうね。引用している文献が結構あります。)
もちろん、吉益南涯先生の診察の鋭さがあっての神効です。
猫も杓子も当帰芍薬散を飲めばなんでも治るわけでは、もちろんありません。
いろいろ病院を訪ねて回ったが、良くならないので漢方薬をお試しになりたい、という時は、くれぐれも専門の先生に診てもらってから服用しましょう。
一方で、今回、当帰芍薬散について調べているうちに、腹中㽲痛は無かったけど、本方と附子剤を兼用して、3年半もかけて不妊治療に成功した先生の症例などもありました。
漢方の臨床と鍼灸の臨床では、治療の間隔などでも違いはありましょうが、「こうだ!」と確信したら、それ一本を信じて治療する信念の大切さを教わった気がします。
さて、ちょっと消化不良ですが、いったん一区切りとします。
私事なんですが、最近、いろいろと忙しくなってきまして、一般の皆様あてのコンテンツは、
「清空院だより」にしばらく注力させて頂こうと思います。
折に触れて、何か書きたくなったら(というか、自分でまとめてみたくなったら)、またブログに書いてみようと思います。
(参考文献)
中医臨床のための中薬学(東洋学術出版社)
中医臨床のための方剤学(東洋学術出版社)
金匱要略解説(東洋学術出版社)
神農本草經解説(森由雄先生)
金匱要略講和(大塚敬節先生)
金匱要略入門(森田幸門先生)
和訓 類聚方講義・重校藥徴(吉益東洞先生原著・尾台榕堂先生校注・西山英雄先生著)
勿誤薬室「方函」「口訣」(浅田宗伯先生原著・長谷川弥人著)
漢方用語大辞典(燎原)
新古方藥嚢(荒木性次先生)
方術説話(荒木性次先生)
腹証奇覧(稲葉文礼先生)
金匱要略述義(多紀元堅先生)